地の巻 · Livro da Terra 五輪書 · Capítulo 2 de 6
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地の巻 · Livro da Terra

一 序

夫兵法と云事武家の法也将たる者はとりわき此法を行なひ卒たる者も此道を知るべき事なり今世の中に兵法の道慥に弁まへたるといふ武士なし先道を顕して有は仏法として人をたすくる道又儒道として文の道を糾し医者といひて諸病を治する道或は歌道者とて和歌の道ををしへ或は数寄者弓法者 其外諸芸諸能までも思ひ思ひに稽古しこころこころにすくものなり兵法の道にはすく人まれ也

先武士は文武二道と云ひて二ツの道を嗜む事是道也縦此道ぶきようなり共武士たるものはおのれおのれが分際程は兵の法をばつとむべき事也大形武士の思ふ心をはかるに武士は只死ぬると云ふ道を嗜む事と覚ゆる程の儀也死する道に於ては武士ばかりに限らず出家にても女にても百姓以下に至るまで義理を知り恥を思ひ死するべきを思ひきる事は其差別なきものなり武士の兵法をおこなふ道は何事に於ても大にすぐるるところを本とし或は一身の切合にかち或は数人の戦に勝主君の為我身の為名をあげ身をたてんと思ふ是兵法の徳をもつてなり

又世の中に兵法の道をならひても実の時の役にはたつまじきと思ふ心あるべし其儀に於ては何時にても役に立やうに稽古し万事に至り役に立様に教る事是兵法の実の道也

二 一 兵法 の道と云事

漢土和朝迄も此道を行なふ者を兵法の達者と云伝へたり武士として此法を学ばずと云事有べからず

近代兵法者と云て世を渡る者是は剣術一通の事也常陸国かしまかんとりの社人共明神の伝へとして流々をたてて国々を回り人に伝ふる事近き頃の儀也古しへより十能七芸と有うちに利方と云て芸にわたると云へ共利方と云出すより剣術一通にかぎるべからず剣術一へんの利までにては剣術も知りがたし勿論兵の法には叶べからず

世の中を見るに諸芸をうり物にしたて我身をうり物のやうに思ひ諸道具につけてもうり物にこしらへる心花実の二ツにして花よりも実のすくなき所也とりわき此兵法の道に色をかざり花をさかせて術をてらひ或は一道場或は二道場など云て此道を教へ此道を習ひて利を得んと思ふ事誰か云ふなまひやうはふ大疵のもとまこと成べし

凡人の世を渡る事士農工商とて四ツの道也一ツには農の道農人は色々の農具を設け四季転変の心得いとまなくして春秋を送る事是農の道也二ツにはあきなひの道酒を作るものは夫々の道具をもとめ其善悪の利を得て渡世をおくるいづれもあきなひの道其身其身のかせぎ其利を以て世を渡る也是商の道三ツには士の道武士に於てはさまざまの兵具をこしらへ兵具しなじなの徳を弁へたらんこそ武士の道なるべけれ兵具をもたしなまず其具々の利をも覚ざる事武家は少々たしなみのあさきもの歟四ツには工の道大工の道に於ては種々様々の道具をたくみこしらへ其具々を能つかひ覚えすみかねを以て其さしづをただしいとまもなくそのわざをして世を渡る是士農工商四ツの道也

兵法を大工の道にたとへて云あらはす也大工にたとふる事家といふ事につけての儀也公家 武家四家其家のやぶれ 家のつづくと云事其流其風其家などと云へば家と云より大工の道にたとへたり大工は大きにたくむと書なれば兵法の道大きなるたくみによつて大工に云なぞらへて書顕す也

兵の法を学ばんと思はば此書を思案して師ははり弟子は糸と成てたえず稽古有るべき事也

三 一 兵法 の道大工にたとへたる事

大将は大工の統領として天下のかねを弁へ其国のかねを糾し其家のかねを知る事統領の道也大工の統領は堂塔伽藍のすみかねを覚えくうでんろうかくのさしづを知り人々をつかひ家々を取立る事大工の統領も武家の統領も同じ事也家を立るに木配りをする事直にして節もなく見つきのよきを表の柱とし少し節有り共直につよきをうちの柱としたとひかよわくとも節なき木の見ざまよきをば敷居 鴨居 戸 障子と夫々に遣ひ節有り共ゆがみたり共強き木をば其家の強み強みを見分て能吟味して遣ふに於ては其家久しくくづれがたし又材木のうちにしても節多くゆがみて弱きをばあししろ共なし後には薪共なすべき也

統領に於て大工を遣ふ事其上中下を知り或はとこまはり或は戸 障子或は敷居 鴨居 天井以下夫々に遣ひてあしきは根太をはらせ猶悪きにはくさびをけづらせ人を見分て遣へば其はか行て手際よきもの也果敢の行き手際よきを云ふ所物毎をゆるさざる事たいゆう知事気の上中下を知る事いさみを付ると云事むたいを知るといふ事箇様の事共統領の心持に有事也

兵法の利かくのごとし

四 一 兵法 の道

士卒たる者は大工にして手づから其道具をとぎ色々のせめ道具をこしらへ大工の箱に入て持統領云付る所をうけ柱こうりやう共てうのにてけづりとこだなをもかんなにてけづりすかし物ほり物をもしてよくかねを糾しすみずみめんどう迄も手際能く仕立る所大工の法也大工のわざ手にかけて能くしおぼえすみかねを能知りて後は統領となる物也大工のたしなみ能きるる道具を持透々にとぐことが肝要也其道具をとつてみづし書棚 机 卓又はあんどん まないた 鍋のふた迄も達者にする所大工の専なり士卒たる者このごとく也能々吟味有べし

大工のたしなみひずまざる事とめをあはする事かんなにて能くけづる事すりみがかざる事後にひすかざる事肝要也

此道を学ばんと思はば書顕す所のことごとに心を入て能吟味有べきもの也

五 一 此 兵法 の書五巻に仕立る事

五ツの道を分ち一まき一まきにして其利を知らしめんが為に地水火風空として五巻に書顕す也

地の巻に於ては兵法の道の大体我一流の見立剣術一通にしてはまことの道を得がたし大きなる所よりちひさき所を知り浅きより深きに至る直なる道の地形を引ならすによつて初を地の巻と名付也

第二水の巻水を本として心も水になる也水は方円のうつわものに随ひ一滴と也さう海となる水に碧潭の色有り清き所を用ゐて一流の事を此巻に書顕す也

剣術一通の理さだかに見分け一人の敵に自由に勝時は世界の人に皆勝所也人に勝と云心は千万の敵にも同意也将たる者の兵法ちひさきを大きになす事尺のかたを以て大仏をたつるに同じ箇様の儀こまやかには書分がたし一を以て万を知る事兵法の利也一流の事を此水の巻に書しるす也

第三火の巻此巻に戦の事を書記也火は大小となりけやけき心有によつて合戦の事を書也合戦の道一人と一人との戦ひも万と万との戦ひも同じ道也心を大きなる事になし心を小さくなして能く吟味して見るべし大きなる所は見えやすし小さき所は見えがたし其子細大人数の事は即座にもとほりがたし一人の事は心一つにてかはる事はやきによつて小さき所知る事得がたし能吟味有べし

此火の巻の事はやき間のことなるによつて日々に手馴常の如く思ひ心のかはらぬ所兵法の肝要也然るによつて戦勝負の所を火の巻に書顕す也

第四風の巻此巻を風の巻としるす事我一流の事にはあらず世の中の兵法其流々の事を書載する所也風と云に於ては昔の風今の風其家々の風などとあれば世間の兵法其流々のしわざをさだかに書顕す是風也他の事を能知らずしては自のわきまへ成がたし道が事々をおこなふに外道と云ふ心有り日々に其道を勤むると云ふ共心のそむけば其身のよき道と思ふ共直なる所より見れば実の道には有らず実の道をきはめざれば少心のゆがみに付て後には大きにゆがむもの也吟味すべし

他の兵法剣術ばかりと世に思ふ事尤也我兵法の利わざに於ても各別の儀也世間の兵法を知しめん為に風の巻として他流の事を書顕す也

第五空の巻此巻空と書顕す事空と云ひ出すよりしては何をか奥と云何をか口といはん道理を得ては道理をはなれ兵法の道におのれと自由ありておのれと奇特を得時にあひてはひやうしを知り自ら打自あたる是皆空の道也おのづと実の道に入事を空の巻にして書とどむるもの也

六 一 此一流二刀と名付る事

二刀と云出す所武士は将卒共にぢきに二刀を腰に付る役也昔は太刀刀と云今は刀脇差と云武士たる者の此両腰を持事こまかに書顕すに及ばず我朝に於てしるもしらぬも腰におぶ事武士の道也此二つの利をしらしめん為に二刀一流と云也槍長刀よりしては外の物と云て武道具の内也

一流の道初心の者に於て太刀刀両手に持て道を仕習ふ事実の所也一命を捨る時は道具を残さず役に立たきもの也道具を役に立てず腰に納めて死する事本意に有べからず然共両手に物を持事左右共に自由には叶ひがたし太刀を片手に取習せん為なり

槍 長刀 大道具は是非に及ばず刀脇差に於てはいづれも片手にて持道具也太刀を両手にて持てあしき事馬上にてあししかけ走る時あしし沼 いけ 石原 さかしき道 人こみにあしし左に弓槍を持其外何れの道具を持てもみな片手にて太刀をつかふものなれば両手に太刀を構ふる事実の道に非ず若片手にて打ころしがたき時は両手にても打とむべし手間の入る事にても有べからず

先片手にて太刀を振り習はん為に二刀として太刀を片手にて振覚ゆる道也人毎に初てとる時は太刀おもくして振回しがたきものなれ共万初めてとり付時は弓も引がたし長刀も振りがたしいづれも其道具道具になれては弓も力つよくなり太刀も振つけぬれば道の力を得て振よくなるなり太刀の道と云事はやくふるに非ず第二水の巻にて知るべし太刀はひろき所にて振り脇差はせまき所にて振事先道の本意也

此一流に於て長きにても勝短かきにても勝故によつて太刀の寸を定めず何にても勝事を得る心一流の道也太刀一ツ持たるよりも二ツ持てよき所大勢を一人して戦ふ時又とり籠り者などの時によき事有

箇様之儀今委しく書顕すに及ばず一を以て万を知るべし兵法の道行ひ得ては一ツも見えずと云事なし能々吟味有べき也

七 一 兵法 二ツの字の利を 知事

此道に於て太刀を振得たる者を兵法者と世に言伝へたり武芸の道に至て弓を能く射れば射手と云鉄砲を得たる者は鉄砲打と云ふ槍を遣ひ得ては槍遣と云ひ長刀を覚えては長刀遣と云ふ然るに於ては太刀の道を覚えたる者を太刀遣脇差遣といはん事也弓 鉄砲 槍 長刀 皆是武家の道具なればいづれも兵法の道也然共太刀よりして兵法と云事道理也

太刀の徳よりして世を納め身を納る事なれば太刀は兵法のおこる所也太刀の徳を得ては一人して十人に勝事也一人にして十人に勝なれば百人して千人に勝千人にして万人に勝然るによつて我一流の兵法に一人も万人も同じ事にして武士の法を残らず兵法と云所也

道に於て儒者 仏者数寄者しつけ者 乱舞者此等の事は武士の道にはなし其道に有らざると云ふ共道を広く知れば物事に出あふ事なり何れも人間に於て我道我道を能みがく事肝要也

八 一 兵法 に武具の利を知ると云事

武道具の利をわきまふるに何れの道具にてもおりにふれ時にしたがひ出合もの也脇差は座のせまき所敵の身ぎはへよりて其利多し太刀は何れの所にても大形出合ふ利有り長刀は戦場にては槍におとる心有槍は先手なり長刀は後手也同じ位のまなびにしては槍は少し強く槍長刀も事によりつまりたる所にては其利少し取籠り者などにも然るべからず只戦場の道具なるべし合戦の場にしては肝要の道具なりされ共座敷にての利をおぼへこまやかに思ひ実の道を忘るるに於ては出合がたるべし

弓は合戦の場にてかけひきにも出合槍わき其外物きは物きはにてはやく取合するものなれば野相の合戦などにとりわきよき物也城攻など又敵相二十間をこえては不足なるもの也当世に於ては弓は申に及ばず諸芸花多して実少なし左様の芸能は肝要の時役に立がたし鉄砲其利多し城廓の内にしては鉄砲にしく事なし野相などにても合戦のはじまらぬうちは其利多し戦はじまりては不足なるべし弓の一の徳は放つ矢人の目に見えてよし鉄砲の玉は目に見えざる所不足也此儀能々吟味有べき也

馬の事つよくこたへてくせなき事肝要也

総て武道具につけ馬も大形にありき刀脇差も大形にきれ槍長刀も大形にとほり弓鉄砲もつよくそこねざる様に有べし道具以下にもかたわけてすく事有べからずあまりたる事はたらぬと同じ事也人まねをせずとも我身に随ひ武道具は手にあふ様に有べし

将卒共に物にすき物を嫌ふ事悪し工夫肝要也

九 一 兵法 の拍子の事

物毎に付拍子は有る物なれ共とりわけ兵法の拍子鍛錬なくては及がたき所也世の中の拍子あらはれて有事乱舞の道れい人管絃の拍子など是皆能あふ所のろくなる拍子也武芸の道にわたつて弓を射 鉄砲を放 馬に乗る事迄も拍子調子は有り諸芸諸能に至ても拍子をそむく事は有るべからず又空なる事に於ても拍子は有り武士の身の上にして奉公に身をしあぐる拍子しさぐる拍子筈のあふ筈のちがふ拍子有或は商の道分限になる拍子分限にても其たゆる拍子道々に付けて拍子の相違有事也物毎のさかゆる拍子おとろふる拍子能々分別すべし

兵法の拍子に於て様々有事也先あふ拍子を知つてちがふ拍子を弁へ大小遅速の拍子の中にもあたる拍子を知り間の拍子を知り背く拍子を知る事兵法の専也此背く拍子弁へ得ずしては兵法たしかならざる事也兵法の戦に其敵其敵の拍子を知り敵の思ひよらざる拍子を以て空の拍子を智恵の拍子より発して勝所也何れの巻にも拍子の事を専書記也其書付の吟味をして能々鍛錬すべきもの也

右一流の兵法の道朝な朝な夕な夕な勤め行ふによつて自ら広き心になつて多分一分の兵法として世に伝ふる所初て書顕す事地水火風空是五巻也

我兵法を学ばんと思ふ人は道を行ふ法有り第一によこしまになき事を思ふ所第二に道の鍛錬する所第三に諸芸にさはる所第四に諸職の道を知事第五に物毎の損徳を弁ふる事第六に諸事目利を仕覚る事第七に目に見えぬ所をさとつて知る事第八にわづかなる事にも気を付る事第九に役に立ぬ事をせざる事大形如㆑此理を心に懸て兵法の道鍛錬すべき也此道に限て直なる所を広く見立ざれば兵法の達者とは成がたし此法を学び得ては一身にして二十三十の敵にも負べき道にあらず先気に兵法をたえさず直なる道を勤ては手にて打勝目に見る事も人に勝ち又鍛錬を以て総体自由なれば身よりも人に勝ち又此道になれたるなれば心を以ても人に勝ち此所に至てはいかにとして人にまくる道有んや又大きなる兵法にしては善人をもつ事に勝人数を遣ふ事に勝身を正しく行ふ道に勝国を治る事に勝民をやしなふ事に勝世の例法をおこなふに勝何れの道に於ても人に負ざる所を知りて身をたすけ名をたすくる所是兵法の道也正保二年五月十二日新免武蔵寺尾孫之丞殿寛文七年二月五日寺尾夢世勝延花押山本源介殿

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